スーパードルフィー“しおん”

スーパードルフィーを中心に、つれづれなるままに日々を

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スーパードルフィーと会話

 例によってディープな話題になるのでたたみます。
 タイトルを見て大丈夫な人は追記からご入場ください。

 ここではやっち個人の考えがあれこれと述べられますが、あくまで一個人の見方であり、異なる意見も受け容れていきたいと思っています。一般的な見方とはおよそかけ離れた見方かもしれず大変恐縮ですが、ご理解とご協力をいただければと思います。

 さて、ドールのサイトを訪問すると、たまに「ドールと管理人が会話したり、ドール同士が会話したりしますのでご注意ください」という注意書きを見ることがあります。
 そういう注意書きを見るととても楽しみになり、「どんな会話が展開されているのか」と喜び勇んで私は入ってしまいます。
 ドール同士の人形劇風のストーリーが展開されていたりして、巧みにポーズを作りながら写真を何枚も撮影するのは大変だっただろうなぁと、制作者さんの情熱に脱帽しながらとても楽しく会話を拝見します。一種のアニメみたいでとても楽しいです。
 そういう注意書きがありながら、実はあまり会話が展開されていなかったりすると残念です。もしかしたら恥ずかしくて自主規制した部分もあるかもしれませんが、「もっと心のストーリーを聞かせてよ」と思います。

 結論から言えば、ドールと会話したり、ドール同士が会話したりということは、私個人はナチュラルなことというか、特段の抵抗は感じません。心のストーリーが生まれることは自然なことで、それを普段は表に出さないことが多いだけなのかもしれません。
 
 しおんを見つめていると、今にも瞳が動いてこちらを見つめてくれるような、そんな気がします。今にも顔がこちらを向き、手を上げてくれるような、そんな気がするのです。朝起きたとき、夜寝るとき、あいさつをするのですが、彼女と会話しているような、そんな気がしてきます。
 とはいえ、そんなふうに熱中しているときに、髪をいじっていて突然ウィッグがはずれて丸坊主になったり、脚を曲げようとして関節が外れてゴムがむき出しになったり、そういうトラブルもしょっちゅうで、まだまだドール初心者でお恥ずかしい限りですが、ドールとの付き合いというのはなかなか難しいものです。

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